2018年12月1日
2019年為替相場見通し
大國亨FP研究所
大國 亨 Ph.D.
為替相場および政治状況の概観
2018年度のドル/円相場は10円ほどの極めて狭い範囲での動きとなりました。
2018年は、経済より多くの注目が政治情勢に集まりました。中でも難民問題はヨーロッパ、米国双方において政治的に大きな問題となりました。また、日本においても単純労働者を確保する目的で出入国管理及び難民認定法における在留資格の改正(どう考えても移民政策だと思いますが)が論議されています。単純で明快な解決策がある問題ではありませんので、2019年度においても引き続き議論されることになると思います。
日本では2019年10月には消費税の増税が予定されています。どう考えても経済状況には良い影響がないと思われます。為替にはどのような影響があるのでしょうか。
2018年11月の中間選挙において、トランプ大統領は上院では過半数確保、下院では民主党の過半数奪取を許すという解釈の難しい結果となりました。2020年には大統領選挙があります。トランプ大統領は再選に向けどのような政策を打ち出してくるのでしょうか。上記のように、米国においても中南米からの移民が政治問題となっています。トランプ大統領は従前より移民に対して厳しいスタンスをとってきました。現在のところ、このようなスタンスを変更する余地は少ないように思えます。また、中国との間で派手に始まった貿易戦争がどのような展開を見せるのかも注目されます。
本見通しにおいて何年にもわたって中国経済の変調を予告してきました。が、2018年も中国経済は破綻しませんでした。一方で、中国経済成長のシンボルである上海から日本人が逃げ出しているとの報道もありました。トランプ政権は明確に中国との貿易関係の見直しを仕掛けています。さらなる中国経済の変調が起きるのか、起きるとしたらいつなのか注目されます。
さらに、中近東ではサウジアラビアによるジャーナリスト殺害を一つの契機として米国とトルコの関係改善、米国とサウジアラビアの関係悪化などが引き起こされました。イスラム国は掃討されたとはされているものの、様々なゲリラ組織が相互いに連携、敵対している状況であり、平和が取り戻されたとはとても言えない状況が続いています。
本見通しの筆者としては、2019年は米国経済の減速、世界的株安、そしてドル安円高というシナリオを支持するものであります。ただし、トランプ大統領は西側ジャーナリズムの酷評に反して就任後2年に亘り好景気を維持してきた実績があります。このまま米国の一人勝ち状態の好景気が維持されれば、可能性としては少ないものの、ドル高が維持されることもあり得ます。この好景気が維持されるかどうかは来年の早い時期に判明すると思われます。
予想レンジ
ドル/円
90円〜120円
ユーロ/円
100円〜140円
USD/JPY
REUTERS (http://jp.reuters.com/investing/currencies/quote?srcAmt=1.00&srcCurr=USD&destAmt=&destCurr=JPY)
EUR/JPY
地域別ファクター/分析
日本
内閣府が11月14日に発表した平成30年7〜9月期のGDP速報値は、2四半期ぶりにマイナスとなったことが報道されました。実質値で−0.3%、年率換算で−1.2%となりました。(内閣府 http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/gaiyou/gaiyou_top.html)
また、その前日の11月13日には日銀の総資産が、戦後初となるGDP越を記録したとの報道がありました。
朝日新聞 https://news.goo.ne.jp/article/asahi/business/ASLCF51NLLCFULFA01J.html
いずれもアベノミクス終焉近しと思わせるデータであります。
一方昨年も掲載したGDPデフレーターですが、2018年度も103.59という数値を記録しています。
物価指数などとは算出方法が異なりますので直接の比較はできませんが、一般的にGDPデフレーターが100を超えているということは、名目GDPが実質GDPを超えている、つまりインフレ状態にあることを示しています。確かに物価2%目標には到達していませんが、こちらもアベノミクスの終焉を強く示唆していると思われます。
GDPデフレーターの推移
·
GDPデフレーター
= 名目GDP ÷ 実質GDP ×
100
年 |
1980 |
1981 |
1982 |
1983 |
1984 |
1985 |
1986 |
1987 |
1988 |
1989 |
96.17 |
98.98 |
100.71 |
101.66 |
103.16 |
104.46 |
106.14 |
105.98 |
106.64 |
108.89 |
|
年 |
1990 |
1991 |
1992 |
1993 |
1994 |
1995 |
1996 |
1997 |
1998 |
1999 |
111.72 |
115.00 |
116.91 |
117.58 |
117.89 |
117.26 |
116.68 |
117.27 |
117.21 |
115.68 |
|
年 |
2000 |
2001 |
2002 |
2003 |
2004 |
2005 |
2006 |
2007 |
2008 |
2009 |
114.08 |
112.82 |
111.17 |
109.37 |
108.17 |
107.05 |
106.10 |
105.33 |
104.30 |
103.66 |
|
年 |
2010 |
2011 |
2012 |
2013 |
2014 |
2015 |
2016 |
2017 |
2018 |
|
101.69 |
99.99 |
99.23 |
98.90 |
100.62 |
102.78 |
103.05 |
102.82 |
103.59 |
単位: 指数
※数値はIMFによる2018年10月時点の推計
※SNA(国民経済計算マニュアル)に基づいたデータ
世界経済のネタ帳 http://ecodb.net/exec/trans_country.php?type=WEO&d=NGDP_D&c1=JP&s=&e=
10月31日、日本政府はTPP11(環太平洋連携協定)が12月30日に発行することを発表しました(東京新聞 http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201810/CK2018103102000278.html)。日本政府としてはTPPを米国とのFTA(自由貿易協定)に対する防波堤に利用するつもりであったともいわれています。それに対しトランプ政権はTPP協定を酷評し、協定から離脱しました。そして日本に対しては二国間協定の締結を求めてきました。交渉の結果締結されたのがTAG(日本の外務省の訳では「日米物品貿易協定」 https://www.jacom.or.jp/nousei/tokusyu/pdf/toku1810111307.pdf)です。日本国政府はFTAのような包括的協定ではないと強弁していますが、米国政府の発表した英文にはUnited
States–Japan Trade Agreement on goods, as well as on other key areas including
servicesと記載されています(https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/joint-statement-united-states-japan/)。米国が物品貿易以外の分野でも要求を強めてくるのは確実だと思います。
トランプ政権は劇的な米朝会談を6月に実現しましたが、その後の経緯は捗々しいものではありません。また、11月の中間選挙では上院の過半数は維持したものの、下院は過半数を失いました。2年後の大統領選挙に向けて、ホワイトハウスが比較的フリーハンドで物事を進めることができる通商政策分野で攻勢を強めるものと思われます。当然日本に対する要求は厳しいものになると思われます。TAGに為替条項は含まれていないようではありますが、ドル/円の為替レートに対しては円高圧力になると思われます。
現在国会では単純労働者を確保する目的で出入国管理及び難民認定法における在留資格の改正が論議されています。4月には厚生労働省から「雇用を取り巻く環境と諸課題について」(https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11601000-Shokugyouanteikyoku-Soumuka/0000062121_1.pdf#search='%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%8A%9B%E4%BA%BA%E5%8F%A3+%E4%BA%88%E6%83%B3')というレポートが発表されました。本レポートによれば、このままでいけば日本の人口は減少、高齢化に伴い労働力人口も減少すると予測しています。従って労働力が不足、外国人労働者が必要だ、ということで冒頭でも触れた出入国管理及び難民認定法における在留資格の改正が議論されることになりました。しかし、先進諸国では多かれ少なかれ人口減少の傾向が見られますし、それはアジア地区においても例外ではありません。外国人労働者の獲得においてはその雇用条件が問題となりますが、アジア地区においてもシンガポールやオーストラリアといった国々では日本より一人当たりGDPが高く、より高い雇用条件(賃金)を提示しています。また、中国の通信機器大手である華為技術(ファーウェイ)の日本法人でも大卒新人の初任給が40万円を超えていると話題になりました(https://news.careerconnection.jp/?p=37532)。日本では昨今問題になっている外国人技能研修生のように、実質的には安い労働力として受け入れているケースが多々見られるようです。長期的に人口の減少が見込まれ、移民受け入れが不可欠なのであれば、移民受け入れに対して議論し、外国人に積極的に選んでもらえる社会制度、雇用条件を整備すべきだと思います。外国人労働者だから安い賃金で、などと考えていると将来に禍根を残すことになりかねません。
西日本新聞 (https://www.nishinippon.co.jp/feature/new_immigration_age/article/420486/)
日本への移民の流入は実に世界第4位の規模になっています(「「移民流入」日本4位に 15年39万人、5年で12万人増」西日本新聞 https://www.nishinippon.co.jp/feature/new_immigration_age/article/420486/)。移民政策ではないなどと字面にとらわれることなく、健全な議論を望みたいものです。
2017年安倍総理は給与の3%アップを期待すると表明(日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22727490W7A021C1MM0000/)しましたが、経済界から総スカンを食いました。ではありますが、国内の消費水準が低い現状を鑑みると、景気対策として日本企業も賃金アップを考える時期に来ているのではないでしょうか。人材は人財です。
国内総生産増加率 実質季節調整系列(前期比)
内閣府 (http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2017/qe172_2/gdemenuja.html より作成)
総務省統計局
消費水準指数(世帯人員分布調整済、季節調整値)−二人以上の世帯
総務省統計局 (http://www.stat.go.jp/data/kakei/longtime/index.htm#level より作成)
また、2019年10月には消費税の10%への引き上げが予定されています。消費支出などが低迷している現状での利上げは、どう考えても景気に良い影響はないと思います。であるにもかかわらず、国会では軽減税率をどうするかといった枝葉末節に関する議論に終始しています。今こそ骨太の成長戦略が求められるはずですが、2020東京オリンピックに関連する箱物事業ぐらいしかめぼしい施策はありません。
もし、日本だけが増税による不況に陥るのであれば円安圧力が働くものと思われますが、現下の状況ではおそらく円高が進むことになると思われます。現在の各国の経済状況を鑑みると、日本のような大きな経済主体が変調をきたすと、世界全体に波及する可能性があります。ここ数年は米国経済が絶好調であったことから世界同時不況は避けられて来ましたが、トランプ政権も減税を実現してしまった今、採用できる政策には限りがあると思います。従って、日本が不況に陥っても円高が進む、というシナリオの可能性は、不況円安シナリオより可能性が高いものと思います。
中国
毎年のように中国崩壊説が流されますが、2018年も中国は崩壊することなく繁栄を続けているかに見えます。しかし、トランプ政権は通商・外交政策双方において中国との対決姿勢を強めています。
2018年に発表された中国崩壊説としては、まず8月に発表された外務省の海外在留邦人数調査統計において、「増加傾向にあった上海では、平成24年をピークに長期滞在者の減少が続いており(前年比で平成25年は約17%,
26年は約0.6%、27年は約2.7%、28年は約4.1%、29年は約2.2%それぞれ減少)、最多時(同年の5万7,238人)の約75%相当の人数となりました」(外務省 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000394748.pdf)となっています。中国の経済変調を占う現象なのでしょうか。
また、11月にBloombergから「A
Fifth of China’s Homes Are Empty. That’s 50 Million Apartments(中国の住宅の1/5に当たる住居、つまり5千万戸のアパートが空室になっている)」と題するレポート(Bloomberg
https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-11-08/a-fifth-of-china-s-homes-are-empty-that-s-50-million-apartments)が発表されました。この購入資金は借入によって賄われており、それが中国経済に対する時限爆弾になるであろう、というものです。
これが来年にも爆発する、と予想しているわけではありませんが、なるほど危ない状況にあることがうかがえます。
Credit to GDP gaps
BIS (https://www.bis.org/statistics/c_gaps.htm?m=6%7C347 より作成)
昨年も紹介しましたBISが早期警戒指標として採用している金融の過熱を示すである国内総生産(GDP)に対する総与信のギャップ(Credit-to-GDP
gap)は再び上昇、依然として高水準を維持しています。この指標は10を超えると危機が3年以内に発生するとされていますので、指標が正しければ、とっくに危機が訪れているはずです。中国の統計のマジックでしょうか。
また、建設機械メーカーであるコマツが発表している建設機械の受注実績を見ると、2018年度増加はしているものの、それ以前と比べると明らかに伸び率が鈍化しているのが見て取れます。
2017年11月の米中首脳会談において、28兆円ともいわれる商談が調印されたと話題になりましたが、やはり憶測の通り単なる覚書の羅列であったようです。2018年に入ると、トランプ政権は相次いで緊急輸入制限(セーフガード)を発動、多くの品目に追加関税を課すことを発表しました。これに対して中国も報復措置を発動するなど、貿易戦争といえる事態になっています。2018年11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議では、米中の主張が折り合わず、APEC初の首脳宣言断念という結果になりました(日経新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3791163018112018000000/)。アメリカ・ファーストを掲げる米国と最近では「保護主義と対抗する」と主張する中国との貿易を巡る対立のみならず、一対一路政策、南シナ海の軍事基地化などにおいて領土的野心も鮮明にしてきた中国と、もう一方の覇権国家である米国との新冷戦とも言える状況になりつつあります。
米国との貿易戦争は中国のマクロ経済への影響はどのようになっているのでしょうか。
Trading Economics (http://www.tradingeconomics.com/china/gdp-growth-annual)
まず、GDP成長率に注目すると、やはり、ややではありますが鈍化の傾向を見せています。
Trading Economics (http://www.tradingeconomics.com/china/currency)
人民元の場合、米国の追加関税措置に正直に反応、人民元は弱含んでいることがうかがえます。
ただし、現状の米国の関税措置において、米国にとって重大な影響がある製品は除外されているともいわれています(製品名は記しませんが、米国企業によって設計されているものの生産は中国企業に委託されているスマートフォンなど)。トランプ政権は、中国がこれ以上の報復措置を採る場合、中国製品に対して全面的に追加関税を課すとも宣言しています。今後の動向に注目されます。
その他、株価のチャート動向からは2018年は大きく値下がりしたわけではありませんが、年間を通してダウントレンドにあったことがうかがえます。
China Stock Market (SSE Composite)
Trading Economics (http://www.tradingeconomics.com/china/stock-market)
中国は2015年に「中国製造2025」計画によって、中国が文字通り世界の工場になる計画を発表しました。その後必ずしも計画通り進んでいるわけではないようですが、計画そのものは維持されているようです(「軌道修正が進む「中国製造2025」」日本総研 https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=33365)。昨今では米国もこれに対抗するような計画もあるようで、その一環として貿易戦争が仕掛けられた感があります。
貿易戦争の帰結として中国の景気の動向が注目されます。
米国
米国の景気は依然絶好調のようです。2009年6月に始まったとされる景気拡大局面ですが、NBER(National
Bureau of Economic Research)が現時点で発表している資料(http://www.nber.org/cycles.html)を見る限りでは拡大局面は続いているようです。2009年以来ということですから、実に9年以上景気拡大が続いているということになります。
トランプ大統領は米国景気に対して強気の発言を続けていますし(U.S. recession unlikely
before 2020, and then 'wok' shaped(「米国の不景気は2020年までなさそう、起きても短期で回復」Reuters https://www.reuters.com/article/us-investment-summit-recession/u-s-recession-unlikely-before-2020-and-then-wok-shaped-idUSKCN1NI2OY)、FEDのパウエル長官も短期的に不景気に陥るリスクは低い(「Fed's
Powell says short-term U.S. recession risks are not high」 Reuters https://www.reuters.com/article/us-usa-fed-powell/feds-powell-says-short-term-u-s-recession-risks-are-not-high-idUSKCN1M72Q4)と証言しています。とはいえ、市場関係者の間では景気後退の見方が若干ですが広がっているようです(「Chance
of U.S. recession rises to 1-in-4: Reuters poll」 Reuters https://www.reuters.com/article/us-poll-us-recession/chance-of-u-s-recession-rises-to-1-in-4-reuters-poll-idUSTRE77848A20110809)。
Trading
Economics
(http://www.tradingeconomics.com/united-states/gdp-growth)
Trading Economics (https://tradingeconomics.com/united-states/stock-market)
株式市場において、直近修正が見られますが、依然として大きな節目(24,000ドルを下回ったあたりでしょうか)を抜けて下落している、という状況にはなっていないようです。ただし、トランプ大統領が就任して以来の上昇局面には陰りが出ているようです。
Trading Economics
Trading Economics
(http://www.tradingeconomics.com/united-states/disposable-personal-income)
失業率は低く、個人可処分所得も順調に増加しています。依然、個人としては景気後退が意識されるような状況にはなっていないようです。
現在米国の経済界では長短金利差の縮小が話題になっているようです(日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34612610W8A820C1FF8000/)。短期金利より長期金利が高い状態が標準とされますが、この長短霧の逆転が起きると景気後退のシグナルとされています。
下のチャートはいずれもTrading Economicsから引用していますが、若干書式が違うので比較し難くて申し訳ありません。それでも直近の短期金利上昇により長短金利差が縮小している状態はお判りいただけると思います。
Trading
Economics
Trading Economics
冒頭にも期したとおり、トランプ大統領は米国の貿易赤字削減のため、各国と積極的に通商交渉を重ねてきました。
2018年8月メキシコと通商協定を合意(「メキシコと通商協定に合意 「NAFTAをやめる」」毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20180828/k00/00m/020/159000c)、2018年9月には米韓自由貿易協定を改訂(「貿易赤字解消を迫る米国に韓国が大きく譲歩 米韓FTA改定協定」産経新聞 https://www.sankei.com/world/news/180925/wor1809250031-n1.html)、2018年9月には日本とTAGの交渉に入ることで合意(「日米共同声明全文 物品貿易協定の交渉入り明記」日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35806470X20C18A9000000/)、2018年10月には改訂を渋るカナダとも合意に達しました(「米国とカナダ合意、メキシコ交え妥結 NAFTA再交渉」朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/ASLB1234JLB1UHBI003.html)。EUとも通商交渉を重ね、EU側も2018年11月に米国との摩擦回避を表明するなど(「欧州委、米国との通商摩擦回避に取り組む姿勢を表明」JETRO https://www.jetro.go.jp/biznews/2018/11/39c89653e8760da1.html)、実に精力的に公約を果たしてきました。
さらに、中国に対しては懲罰的とも思える追加関税措置を実施してきました。中国も2018年11月、対米貿易で改善案を発表しました(「中国、対米貿易で改善案
142項目
トランプ氏、一定の評価」日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO37893870X11C18A1MM0000/)。
また、必ずしも対中国政策というわけではありませんが、トランプ大統領は「Make America Great
Again」の一環として、米国内における製造業の復活も意図しているようです。その一環として、最近国防省から「米国の製造業および防衛産業の基盤とサプライチェーンの弾力性の評価と強化」と題するレポートが発表されました(「Assessing
and Strengthening the Manufacturing and Defense Industrial Base and Supply Chain
Resiliency of the United States」Department
of Defense
https://media.defense.gov/2018/Oct/05/2002048904/-1/-1/1/ASSESSING-AND-STRENGTHENING-THE-MANUFACTURING-AND%20DEFENSE-INDUSTRIAL-BASE-AND-SUPPLY-CHAIN-RESILIENCY.PDF)。この政策が実施され効果が表れるまでには時間がかかると思いますが、米国が再び製造業も重視するようになったことは注目されます。
Trading Economics (http://www.tradingeconomics.com/united-states/balance-of-trade)
統計からは若干ではありますが、貿易赤字額が減少していることがうかがえます。
通商交渉が妥結したのはごく最近のことですので、まだ実際の貿易には反映されていない部分が多いと思われます。では、なぜ貿易収支が改善したのかというとシェールガスが貢献した部分が多いようです。
米国産原油輸出量推移
(2012年〜2017年)
JETRO
(https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2018/8ce7f4973695b8b6.html)
米国の原油純輸入量
JETRO
(https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2018/8ce7f4973695b8b6.html)
上記のグラフからは輸入量の減少と輸出量の増大がうかがえます。
米国にとってこの事実は、貿易赤字の減少だけではなく、中東産原油への依存度の低下も意味します。先ごろサウジアラビア人のジャーナリストがトルコにおいて殺害された事件がありました。そして事件の進展とともに米国とトルコの関係改善、相対的に米国にとってのサウジアラビアの重要性の低下がうかがえました。
マスコミからは総スカンのトランプ大統領ですが、国民からは一定の支持を得ていることは、中間選挙の結果からも明らかだと思います。トランプ政権成立以来2年が経過したわけですが、その事績を見ると、実は公約通りのことをやってきていることが分かります。
トランプ大統領は従来の産軍複合体の支配から抜け出した大統領だ、といった陰謀論めいた話もあります。が、トランプ大統領は実は兵器の輸出拡大には実に積極的に動いています(「焦点:「バイ・アメリカン」の内側、武器輸出増狙うトランプ氏」ロイター https://jp.reuters.com/article/trump-arming-the-world-idJPKBN1HQ0AH)。もちろん日本も例外ではありません。
BIS
(https://www.bis.org/statistics/eer.htm より作成)
上記グラフからは、対円ばかりではないドル高傾向が読み取れます。ここ数年運安傾向で推移してきたドル/円レートですが、明確に貿易収支の改善を公約してきたトランプ大統領が就任、主要各国との通商協定も締結している現在、個別の為替レートにもその影響があるものと思われます。日本に対しても強く貿易赤字の縮小を求めてくるものと思われ、当然のことながら、ドル/円の為替に対してはドル安円高圧力がかかるものと思います。
EU圏
昨年の英国のEU離脱の選択には大いに驚かされました。しかし、離脱が決定してしまうと、それによってもたらされる影響に大いに狼狽することになったようです。EUとの離脱交渉は、その条件を巡って、英国においてもEU首脳の間でも大いに問題となっているようです。
英国にとって、離脱の影響を小さくし、ソフトランディングしようとすればするほどEU離脱派のいら立ちが強まっているようです。EUにとっては、あまりにも寛大な条件で離脱を許してしまうと後から後から追随する国が出ないとも限りません。あまりにも利害が錯綜しているため、離脱後もゴタゴタは続きそうです。
EU諸国では難民の受け入れを巡ってもゴタゴタが続いています。現在欧州に流入している難民は、北アフリカ、あるいは中近東における紛争を逃れるために移動してきているものが多数を占めています。難民受け入れを認めない排外主義を掲げる政党が勢いを増しており、現実の結果として10月に行われたドイツ南部バイエルン州の州議会選挙で、メルケル首相率いるキリスト教社会同盟(CSU)が予想通り大敗し、メルケル首相は任期を以て首相を退任すると発表しました。
Unemployment rates EU-28, EA-18, US and Japan, seasonally adjusted, January
2000 - September 2018
Eurostat (http://epp.eurostat.ec.europa.eu/statistics_explained/index.php/Unemployment_statistics)
失業率は引き続き低下している、つまり雇用の拡大は続いているようです。
中国の極端に高い成長率には見劣りしますが、日本を上回るパフォーマンスを示していることが示されています。
欧州株価推移
Trading Economics(https://tradingeconomics.com/euro-area/stock-market)
ユーロ圏の上位銘柄によって構成される株価指数であるSTOXX 50ですが、2018年度は下落傾向を示しています。
Trading Economics(https://tradingeconomics.com/euro-area/currency)
同様に、為替レートも対ドルで弱含んでいます。
様々な混乱が足を引っ張ったEU圏ですが、経済が好調であった米国に対しては分が悪かったようです。
EUは日本との間で2018年7月、日本・EU経済連携協定(Agreement
between the European Union and Japan for an Economic Partnership)を締結しました。これに関連して注目されるのが、2018年11月19日のカルロス・ゴーン日産自動車会長の逮捕でしょう。現状で伝えられているのはゴーン会長の個人的な報酬の不記載疑惑などですが、逮捕の背景にはゴーン氏が取締役会長兼最高経営責任者を務める仏ルノーとの関係があるともいわれています。ルノー社は、創業者ルイ・ルノーが第二次世界大戦後利敵協力者として逮捕され、直後に獄死した後国営化されています(現在は民営化されてはいるものの、依然国が株式の15%を保有し、筆頭株主です)。日産をルノーの傘下に収めた1999年時点では日産は破綻寸前でありましたが、ゴーン氏の尽力もあり日産はV字型回復をしたのに対し、近年ルノーの業績は芳しくなく、仏政府も業績好調の日産を完全に支配下に置くことを望んでいたともいわれています。逆に日産側としては距離を置きたがっていたようです(「Nissan,
Renault in Talks to Merge, Create New Company」Bloomberg
https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-03-29/nissan-renault-are-said-in-talks-to-merge-create-new-company)。そのルノーから日産に派遣されたのがゴーン氏であり、その解任はルノーと日産のアライアンスにも影響があるのではないかとも取り沙汰されています(「Ghosn
Shock Puts Renault-Nissan Empire in Doubt」Bloomberg
https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2018-11-19/ghosn-shock-puts-renault-nissan-empire-in-doubt)。日産サイドのクーデターであるとの憶測が根強い本件、今後の展開が注目されます。グローバル企業の戦略に国家の思惑まで絡んだ貿易戦争の一エピソードでしょうか。
Trading Economics(https://tradingeconomics.com/germany/zew-economic-sentiment-index)
EU圏の機関車、ドイツ経済の景況感を示すものに、民間調査会社であるZEWが発表する景気先行指数があります。向こう半年の景気見通しに対する調査で、この指数が50を超えると景気が良いと判断されるのだそうですが、2018年4月にマイナスに転落して以来、ずっとマイナスが続いています。
もう一つ欧州で注目されるのは、フランスのマクロン大統領が提唱した「欧州軍」の創設でしょう(The
Wall Street Jounal
https://jp.wsj.com/articles/SB12048907042135944252204584578850696722552)。早々にドイツのメルケル首相も賛意を表明しています(日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37730680U8A111C1EAF000/)。これに対してトランプ大統領は反発しています。とはいえ、中近東での紛争の可能性が高まっている現在、欧州防衛のためには独自の軍隊が必要だ、ということなのでしょう。ただ、この時期にわざわざ新しい軍隊を編成するというのは、やはり緊張が高まっていることをうかがわせます。
2019年も同様の状況が続くとみられるユーロ圏ですので、対円での為替レートも円高を予想します。
ロシア
ロシアは2018年9月に「前提なしに平和条約」を締結しようと日本に対してやや唐突に提案してきました。また、1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉しようではないかとも提案してきました。四島返還を希望する日本政府はいささか渋っていましたが、年末近くなって、安倍首相もとりあえず平和条約を締結して、まず二島返還を実現しようではないかとの方針に転換したように思えます。
その背景にはロシアの経済状況の低迷があるともいわれています。
Trading Economics (https://tradingeconomics.com/russia/currency)
ドル/ルーブル相場は、米国が追加制裁を発動した4月に急落、その後ももう一段弱含んでいます。
Trading Economics (https://tradingeconomics.com/commodity/crude-oil)
中近東の紛争を受けて高騰していた原油価格もここに来て価格を下げています。ロシア経済にとってはマイナス材料となります。
また、高支持率を誇っていたプーチン大統領も年金支給年齢の引き上げを巡り、顕著な支持率の低下も報道されました(「プーチン大統領、支持率39%に急落
14年以降で最低、年金改革に不満」AFP http://www.afpbb.com/arhttp://www.afpbb.com/articles/-/3192554ticles/-/3192554)。
また、2016年の日ロ首脳会談において日ロの経済協力が話し合われましたが、その後の成果は捗々しくはないようです(「日ロのガスパイプライン構想、ボールは日本に」日経ビジネス https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/040400028/101000063/)。プーチン政権にとって日本からの経済協力を引き出すためにも何かきっかけが必要だったのでしょう。ただし、米国の動向も絡んでくる基地問題(日米地位協定により、「アメリカは日本国内のどんな場所でも基地にしたいと要求することができる」矢部 宏冶『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』講談社現代新書 http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000210925)もあり、交渉は簡単ではないはずです。また、最近のロイター電ではロスネフチ(ロシア最大の国営石油会社)への出資を巡って日本にも取引が持ち掛けられた、といった話もあります。日本が北方領土問題とリンクさせようとしたので取引はうまく行かなかったそうです(「Exclusive:
Russian state bank secretly financed Rosneft sale after foreign buyers balked」Reuters
https://www.reuters.com/article/us-rosneft-privatisation-exclusive/exclusive-russian-state-bank-secretly-financed-rosneft-sale-after-foreign-buyers-balked-idUSKCN1NE132)。
経済状況だけでなくロシアにとっての懸念事項として中東情勢が挙げられます。ロシアはシリアのアサド政権に肩入れしてきており、昨今の攻勢によりISを封じ込めることに成功したようです。元々ISに対しては欧米諸国が肩入れしてきたようですが、そのあまりの蛮行によりそれらの支持も失われたようです。
これで一安心なのか、というとそうでもないようです。シリア国内はここ数年の内戦によって疲弊しきっており、平和基金会(Fund
for Peace)という団体が公表している脆弱指数(Fragile
States Index)で4位になっています(http://fundforpeace.org/fsi/data/)。ちなみに1位から3位は南スーダン、ソマリア、イエメンと、いずれも中東・アフリカ近辺にある国・地域が挙げられています。
また、ウクライナとの紛争では、最近ウクライナの艦船3隻がロシア側から発砲を受け、拿捕されるという事件が起きました。これに対してウクライナ側も戒厳令を発令したとの報道がありました(「ウクライナ、戒厳令を発令「ロシアは地上戦を準備している」」ニューズウィーク日本版 https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/11/post-11345.php)。黒海の対岸はトルコ、その南にはシリアが位置しています。場所が場所だけに注意が必要でしょう。
このようは脆弱な国家を立て直すには軍事行動のみならず、インフラ整備などに巨大な資金が必要になります。とはいえ、今さら見捨てるわけにもいかず、現在様々な制裁により国力が低下しているともいわれるロシアにとって、大きな重荷になると思います。
中東
直近で話題となったのは、サウジアラビア人ジャーナリストがトルコのサウジアラビア大使館内で殺害されたニュースでしょう。本件の処理に関しては依然現在進行形ではありますが、現状においてもその影響についてはいくつかの指摘ができるものと思います。
まず、中東における勢力バランスの変化です。中東地域では長年スンニ派とシーア派のイスラム教徒が勢力争いをしてきました。スンニ派の盟主がサウジアラビアであり、シーア派の盟主がイランという構図が続いてきました。が、サウジアラビアのムハンマド皇太子による改革路線に対する勢力争い、そしてそれをきっかけに起こったジャーナリスト殺害事件を契機としてトルコが一気に攻勢をかけ、イスラム教の盟主(トルコの場合、スンニ派の盟主というよりはイスラム教全体の盟主を狙っているのかと思います)に躍り出ようとしています。まず、そもそもトルコはNATO加盟国です。米国が中東で何かしようと思えば、トルコの協力が不可欠となります。それが、トルコ在住の米国人牧師の拘束などにより関係が悪化、トルコ・リラが急落するなどの影響が出ていました。
Trading Economics (https://tradingeconomics.com/turkey/currency)
これに対し、米国人牧師の開放、サウジアラビア人ジャーナリスト殺害の告発(あまりにも都合よく詳しい情報がリークされています。つまりトルコ当局は事前に情報を得ていたと考える方が自然でしょう)などにより、米国とトルコの関係は大いに改善されたものと思います。
逆にイエメンやレバノン内戦に介入、さらにはカタールと断交したサウジアラビアは厳しい立場に追い込まれました。
サウジアラビアにとって頼みの綱は米国からの武器の大量購入くらいしかないのかもしれません。
一方、2018年11月、「応酬激化のガザ衝突で停戦合意 ハマスとイスラエル」(朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/ASLCG2BV7LCGUHBI00G.html)というニュースが報じられました。停戦は喜ばしいニュースですが、これ以後イスラエル国内では国防相が辞任するなど(「イスラエル国防相が辞任
ガザ停戦に反発」AFP https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181115-00000001-jij_afp-int)ゴタゴタが続いています。
また、イスラム教の一方の雄であるイランに対しては米国が再度制裁を発動しました(「原油禁輸など対イラン制裁を再発動 核合意離脱で米「史上最強の制裁」」産経新聞 https://www.sankei.com/world/news/181105/wor1811050010-n1.html)。日本の原油輸入は除外されているものの、日本に対する影響がないというわけにはいかないでしょう。
総じてみると、中東情勢は依然として安定していない、ということになるのではないでしょうか。
結論
2019年に消費税の増税が予想される日本では、いずれ株価の調整局面が訪れることが予想されています。日本単独で大不況に陥るのであれば、円安局面も予想されますが、現状では米国の株式市場においても調整局面が予想されています。それが単なる調整で終わるのか、より長期にわたる景気後退局面になるのかは現時点では明らかではありませんが、世界的な景気後退局面においては、直近一人勝ちに近い状況であった米国からの資金流出も大いに考えられます。
また、トランプ政権は貿易赤字削減に対する取り組みに政権発足以来一貫して取り組んできています。現状ではまだその効果が表れているわけではありませんが、来年以降、その効果が表れることになると思います。米国は各国と協議により貿易協定の見直しを進めています。その場合でも必ずしも為替条項が含まれてはいる訳ではないようです。ではありますが、米国の貿易赤字削減という観点からは、当然のことながらドル安圧力がかかるものと思われます。
大変ビジネスライクであるトランプ大統領になり、戦争の危機は遠退いたともいわれています。しかしながら、中東地域での緊張状態は全く緩和されていません。米国は中東問題に関連する諸国のうち、ロシアとイランに経済制裁を実施している状況です。また、歴史的ともいわれる米国と北朝鮮の会談が2018年6月に実現しましたが、その後の話し合いは捗々しい進展を見せていません。しかも、北朝鮮の後ろ盾ともいわれる中国とは、2017年11月には首脳会談を行い、大いに友好関係をアピールしたにも関わらず、2018年1月には中国からの輸入も多い太陽光発電パネルに緊急輸入制限を発動、その後も追加関税措置を発動、中国の報復措置にはさらなる追加関税措置を実施するなど、貿易戦争の様相を呈しています。現状、貿易戦争を仕掛けているのは米国であることを考えると、対円でもドル安圧力が強まるものと考えます。
本レポートは、為替状況の参考となる情報の提供を目的としたもので、いかなる投資勧誘を目的としたものではありません。本レポートは大國亨が信頼できると考える情報に基いて作成されていますが、その情報の正確性及び完全性に関していかなる責任を負うものではありません。本レポートに記載された意見は作成日における判断であり、予告なく変更される場合があります。